中山雅史の名言集
往年の名選手では引退選手しか掲載してません。
なので、中山雅史選手の名言だけでも紹介したいなと思い掲載しました。
◆1993年
●「僕にとってW杯は、もうDカップやEカップなんて問題じゃない大きさです。なんせWカップですからね」
●代表合宿、オフトへのアピール
「オフト、俺はお前を信じる。お前も俺を信じろ」
●スーパーサブの立場とは?
「僕はチームが下痢のときと便秘のときだけ使われる」
◆1997年
W杯アジア最終予選の土壇場で代表復帰した中山はカザフ戦でゴールを決め、自分のユニフォームの下に着込んでいた三浦カズ(この試合出場停止)の11番を見せ
「カズさんのユニフォームの下には嫁さんのブラジャーを…」
※ブラジャー云々はウソ
●ドーハの悲劇直後、出身地岡部町の慰労会で
「オレが岡部の中山だ!」
◆1998年
●Jリーグ開幕前の藤田、名波との雑誌対談にて
「あと課題と言えば、決定力だな、俺の」
●「中山さんが持っている他のFWにはない売りはなんですか?」
「笑顔ですか(笑)」
●フランスW杯クロアチア戦後
「シュートはイメージ通り。入らなかったのはGKがうまかった」
●フランスW杯ジャマイカ戦後
「チャンスも結構あったんでね…まあ次の課題として、といっても4年後ですけど…」
●ジャマイカ戦での骨折について
「骨折しても走れるんだっていう事と、僕が感じたのは骨折ってまで走ってはいけないという事ですね(笑)。良い子はマネしないように(笑)」
◆1999年8月
●「愛される選手ですよね。どうしてこんなに愛されるんだと思います?」の質問に
「サッカーがヘタクソだからじゃないんですか(笑)巧すぎたら嫌味なんじゃないのかな」
◆2000年
●「自分は、人と違うプレーをする。そうしないと自分の居場所はない」
●Jリーグアウォーズ
「ゴ〜ルの王様、中山です!!」
●J通算100ゴールを決めた後、セカンドステージ対市原戦でのコメント
「110、120、130、1000と着実に得点を積み上げたい」
◆2001年1月16日
●「僕らは野球選手より年俸は安いけど、好きなサッカーができて、僕らがサッカーをやっている姿を見て共感してくれる人がいるから幸せだなと思う」
◆6月16日
●長谷川健太
「中山自身の目標は?」
中山
「とにかくサッカーがうまくなりたい。ただそれだけ」
◆6月
●キリンカップ2001開幕直前
「今回は(秋田と)同じ部屋になるのではないかという恐怖心がありました。Jリーグでもタイトなマークを食らっているので、同じ部屋でのタイトなマークを避けられて良かったです(笑)」
●「今までプレーしてきて嬉しかったこと。それはW杯フランス大会予選のピッチに立てたこと、そして、本大会につながったこと。悔しかったこと、そこで自分が何も表現できなかったこと」
◆2002年
●Jリーグの試合中、チームメイトの鈴木秀人選手が審判に対して「アンポンタンがっ!」と暴言を吐いた時
「僕がアンポンタンです!」
カードを出そうとした時のとっさの機転の一言。
思わず審判も笑ってしまい、カードは出さなかった。
◆3月
●「代表に呼ばれるのはうれしい。アドレナリンが出まくりますからね」
◆2002年
●「アルゼンチンの選手にタンゴを教えてやろうかなと」
◆5月25日
●対スウェーデン戦
「ファンタジスタとしてはまだまだですね」
◆6月9日
●日韓W杯、対ロシア戦
「W杯初勝利という歴史的瞬間にその場にいることができてとても幸せです」
●ロシア戦後ロッカールームにて
中山
「首相、感動しましたか!」
小泉
「感動したァ!」
◆2006年
●W杯ドイツ大会の抽選会で
「来た!」「アルゼンチンかぁ」
アルゼンチンとオランダが同組になった時思わず発したセリフがマイクに拾われ、そのまま配信されてしまう。
●「全国8500万の中山ファン、キミたちを悲しませない。ボクのプレーにクギづけさ」
●Q.好きな服のブランドとかありますか?
「もちろん、プーマです!」
●Q.いちばん欲しいものは?
「愛かな」
●デルピエロに対抗して
「中山ゾーンはゴールラインの2m手前。チームメートがGKを外してくれて、中山ゾーンまで持ってきてくれれば、僕は確実に決めます!」
●「ギスケも俺のおかげで有名になりました」
●「常に全力。プレーの中では絶対に後悔だけはしたくない」
●「ユースが注目されてるけど、僕もU-35代表なんで応援してください」
●「元気出していこうよ!」
●「神様お願い、という前にやれることはやり尽くしてピッチに立ちますよ」
●子供からの「どうしてサッカーを始めたのですか?」の質問に
「そこにボールがあるからさ」